フェードイン。モノトーンから始まる都会の映像。

〜街を行き交う人々（通勤風景）〜サラリーマンたち

〜信号が変わると横断歩道を一斉に歩く〜通勤電車か

ら一斉に吐き出される〜階段を鼠色のスーツ姿の男た

ちがうつむき加減に昇って行く〜

ＳＥ：蝉の声、都会の雑音。

強烈な太陽。

須田俊幸（27）、汗を拭いながら舗道を歩いている。

白いワイシャツに、きっちりとネクタイを締めている。

手にはビジネスバッグ。脇に書類袋を抱えている。

腕時計を見る。少し速足になる。

橋を越える。

ふと、自動販売機に気づき、缶コーヒーを買う。

橋の袂 。

缶コーヒーを一口飲んで、「ふうっ……」と大きくた

め息をつく。遠くの方をぼんやり見ている。

突然、ポケベルが耳障りに鳴る。

俊幸、ポケベルを一瞥すると、チッと舌打ちする。

もう一度、腕時計を見る。

缶コーヒーの残りを一気に飲み干して、缶を無造作に

ポンと投げ捨てる。

俊幸、フレームアウト。

フレームそのまま。高速道路と、橋げたの向こうに、

額縁の中の絵画のように薔薇園が見えている。

薔薇園の中、何かが動いた……。

テーマ音楽高まって 。

メインタイトル "Alice in ……"

（ Ｆ．Ｉ．〜Ｆ．Ｏ．）

じりじりと照りつける太陽。

高層ビルをかすめるように飛ぶ、ジェット機。

スーツ姿の俊幸。人混みの中、暑さをこらえながら、

歩いている

※

路上 。

俊幸、不自然な笑顔で深々とお辞儀をしている。相手

のワイシャツ姿の恰幅のいい男（取引先の上司？）、

軽く会釈する程度。完全に俊幸を見下している様子。

俊幸、作り笑いを浮かべて、二言三言、言葉を交わす。

俊幸、また深々とお辞儀。

相手の男、笑顔で会釈しているものの、もういいよと

いった雰囲気。軽く右手を挙げて立ち去る。

俊幸、相手が行ってしまってからも、気づかないで、

まだお辞儀をしている。

顔を上げ、ようやく相手がいないことに気づき、顔を

しかめた後、また元の疲れた顔に戻る。

※

証券会社のディスプレイ 。

電光表示の数字の列。

俊幸、足を止め、数字を見つめる。眉間にしわ。

手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。

「しまった」という表情の後、大きくため息。

汗を拭き、腕時計を見る。

※

電話ボックス 。

俊幸、公衆電話ボックスで、片手にシステム手帳、片

手に万年筆を持ち、受話器をあごに挟んで電話してい

る。

今度は受話器を手に持ち替えて、狭い電話ボックスの

中で汗だくになりながら、しきりに頭を下げている。

受話器を置き、ボックスから出る。

大きくため息。眉間にしわ。

また汗を拭き、腕時計を見る。

太陽がギラギラと照りつけている。

テーマ音楽、フェードアウト。

交通渋滞。横断歩道を一斉に渡るワイシャツ姿の男た

ち。

俊幸、歩きかけ、はたと手帳を取り出す。

一瞬考えて、辺りを見回し、ビルの前の階段に座り込

む。

スケジュール表を広げて、何か記入している。

しかし、ふと顔を上げ、じっとしばらく道行く人々の

姿を見る。

足早に歩き去る人々の足元……。

ポツンとひとり、取り残されたような俊幸……。

俊幸(Ｎ) 「僕はいつからこうしていたのだろう……。

流れて行く人々の姿が、ただ……ただ、レ

ミングの群れのごとく、疲れた風景の中を、

灰色の波のように流れて行く……」

地下鉄が傍らを通っているのか、地鳴りのような響き

が伝わってくる。

高層ビルのカーテンウォールに日光が反射している。

俊幸(Ｎ) 「……彼女と最初に遭ったのは、そんな時

のことだった……」

顔を上げる俊幸（おっ、という表情）

ちょうど道の反対側の人混みの中に、不自然に大きい

背中のリボンをひらひらさせて、エプロンドレス姿の

少女がいる。

ビル街のいろんなものを、物珍しげにちょこちょこと

走り、覗き回っている。

俊幸、ずっとその様子を見ている。

少女、歩いているワイシャツ姿の男に声をかける（何

か訊いている）

が、歩いている男はうさん臭そうに一瞥すると、応え

もせずに歩き去る。

何人かに同じことをしてみるが、どの男も同じような

反応で、応えてくれない。

座っている俊幸、口許に少し笑みを浮かべて、その様

子をみている。

少女、ビルの前にいる俊幸を見つける。

少女、にっこりと笑う。

あ、と思うが、すぐに笑みを返す俊幸。

少女、せかせかと歩く人の波の中を擦り抜けてやって

来る。

歩行の邪魔をされて振り向く人々。……その間を、ひ

らひらと舞うようにこちらへと渡って来る。

俊幸(Ｎ) 「……流れに取り残されているような彼女

の姿がとても奇妙に見えた。僕はそんな彼

女に好奇心を抱いた」

俊幸の前に立つ少女。都会にそぐわない格好だ。座っ

ている俊幸に、腰を折るようにして話しかける。

少 女 「（にこやかに）こんにちは」

俊 幸 「（ちょっと照れて）……やあ」

少 女 「さっきから、ここにいたの？」

俊 幸 「（視線を下に向け、ちょっと作り笑いを

うかべて）ああ、うん」

少 女 「ねえ、どうして私が話しかけても誰もお

話ししてくれないの？」

俊 幸 「（顔を上げて）お話し？ お話って？」

少 女 「いいお天気ですね。とか、あなたのネコ

はお元気？ とか、薔薇の香りとダージリ

ンの香りはどちらがいい？ とか……」

俊 幸 「（ちょっと呆れて）何だいそりゃあ？

みんなそんなことどうだっていいんだよ」

少 女 「そうかしら？ じゃあ、何が大切なの？」

少女は目を大きく見開いて、俊幸の顔をのぞき込むよ

うにして訊く。

俊 幸 「何って……（一瞬詰まる）」

俊 幸 「（話題を変えようと）そんなことより、

君こそ何なんだ、その格好は？」

少 女 「私？ 私は……（ピョコンと）アリス！

（にっこり）」

俊 幸 「アリス？ ふん、答えになってないな…

…で、何してたんだい？」

アリス 「（両手で大きく感情を表現して）冒険よ。

だって面白いじゃない、この世界って！」

俊 幸 「（呆れ顔で）へえ？ どこが面白いの？

こんな都会の退屈な世界が……」

アリス 「まあ！ 不思議だと思わないの？本当

に？」

俊 幸 「思わないな……どこが不思議なんだい？」

アリス 「なぜ、みんな同じ格好で同じ時間に歩い

てるの？ あんなにせかせか、まるで懐中

時計の長針みたい。ほら、それにあの車輪

のついた箱。止まってるだけで、歩いた方

が早いのに、おかしいわね！」

俊幸、絶句する。どう応えていいのか分からない。

アリス、そんな俊幸の反応を見て、ちょっと失望した

のか、プイと視線を変える。

アリス 「あれも……、ほら！」

アリス、何かを指さして、たったったっと小走りに駆

けて行く。

俊幸、立ち上がってその後ろ姿を見つめる。

俊幸、思い出したように腕時計を見る。あっ、となっ

て、あわててかばんや書類を片付けて、アリスと反対

方向に歩きだす……。

サブタイトル 「 街 の ふ し ぎ 」

行き交う車、交通渋滞 。

せわしなく変わる信号、交差点をわたる人々。

「いつもの橋」を渡る俊幸。

歩きながら、片手に持ったブリーフケースの書類を取

り出し、う〜ん、と困った顔。

口の中で、何か文句を言っている。

ふと、腕時計を見る。

いきなり、歩く方向を変える。

クルマの列 。

都市の雑踏 。

俊幸、イライラしながらバスを待っている。

渋滞で、クルマの列は動いていない。

俊幸、何度も腕時計を見る。

ついにしびれを切らし、列から離れる。

地下鉄の入り口 。

仕方ないか、といった表情で、地下へと降りて行く。

駅に滑り込む地下鉄｡

停車した列車のドアが開き、どっと人が湧き出てくる。

俊幸、人に押されたように降りてくる。

自動改札から抜けて、地下の人混みの中へ。

俊幸(Ｎ) 「僕はしばらく、その少女のことを忘れて

いた。いつものような日常の繰り返しの中

で、いつしか忘れ去られる小さなエピソー

ドとして、心のどこかに、しまい込んでし

まっていた。

でも、そんなとき、また僕は彼女と出会っ

た」

階段を昇って、地上へ出る。強い日差しに思わず、う

っ、となる俊幸。

俊幸、人混みの中に何かを見つけて、あっ、となる。

アリス、恐る恐る、でも好奇心旺盛に地下鉄の出入り

口をのぞき込んでいる。俊幸には気づかない様子。

俊幸、一瞬口許に微笑みが浮かぶ。（作り笑いとは明

らかに違う）

俊幸、アリスに近づく。

俊 幸 「やあ！」

アリス、俊幸に気づく。

アリス 「（心から驚いて）まあ、この間の！ あ

なたまでここから出て来たの？ やっぱり

不思議ねえ！」

俊幸、その反応にちょっと面食らうが、気を取り直し

て 。

俊 幸 「冒険はどうしたの？」

アリス、視線を地下鉄の出入り口から吐き出される人

の波に向けて 。

アリス 「今その真っ最中よ！ それにしても不思

議ねえ。こんな風に、地下にある世界から

もいっぱい人がでてくるのね。地下で人を

作ってるんじゃないかしら？」

俊 幸 「（少しあきれて）ははは、まさか 。

いや、地下に通路があってね、みんなそこ

を通るんだよ」

アリス 「へ〜え。でも、地面の下じゃあお日様の

光も届かないでしょうに！

そのうちみんな、ミミズになっちゃうわ！」

俊幸、えっ、といった表情。

アリス、側の縁石に腰掛け、飽きずに眺めている。

俊幸、その隣に腰掛ける。

アリス 「（ぽつんと）……たくさんの人ねえ……

こんなに人がいるのなら、同じ人が２〜３

人くらいいてもおかしくないわね」

俊幸、ドキッ。今までそんなことを考えたこともなか

った。ちょっぴりショック。

アリス、急に立ち上がり、両手をパチンと胸の前で叩

いて 。

アリス 「分かった！ やっぱりそうなんだわ！

あなたたち、本当はトランプの兵隊さんな

のね！」

俊 幸 「（すっとんきょうな声で）トランプの兵

隊さん？ 何だいそりゃあ？」

アリス 「（無視して）やっぱりそうよ。やっぱり

ここは『不思議の国』だったんだわ」

アリス、勝手に歩きだす。

俊 幸 「おい、君！（ぽそっと）トランプの兵隊

か……（口許に笑い）そうかも知れないな」

俊幸、アリスの後を追う。