| ミリーは１２才になりました。 そしてミリーには一つの夢がありました。 「私、大人になったら、パパのようなエライ魔法使いになりたい！」 パパのミルトはしばらく考えた後、ミリーに言いました。 「そうか、本当になりたいんだね。よし……」 ミルトは、ぱん！ と魔法で紙とインクを出しました。 「ナンタラ島にあるミクラ村に行きなさい。パパの古くからの友達、クロードが宿屋をしている。手紙を書くから、向こうについたらクロードに渡しなさい。いいね」 「ナンタラ島？ それって、南の離れ孤島じゃないの？」 「そうだよ、ミリー。いいかい、魔法使いは１２才になったら、一人立ちできるように修行に行かなきゃならないんだ」 「パパもそうだったの？」 「そうだよ。だから、お前もこれから行かなきゃならない……」 ミルトは手紙をさらさらっと書き終えました。 「まあ、一人っていうのもなんだし、ブングーを連れて行きなさい。ブングー！」 リトルドラゴンは、ぱたぱたと部屋の中を横切り、ミリーの肩に止まりました。 「なんすか？ パパさん」 「お前は今日からミリーと一緒に修行に出るんだ。いいね」 「は、はあ……」 いきなりのことで、ブングーはまだピンと来ていないようです。 「それと、虎の巻、虎の巻……」 ぽん！ ミルトは分厚い辞書のようなものをミリーに指し出しました。 「これは『狐狗狸乃勅（コクリノミコン）』という魔導書だ。これで魔法のことは色々と勉強できるはずだからね」 「判ったわ」 「ミリー……」 ミルトは大きくなった娘をじっと見つめました。 「なあに？ パパ」 「うん……頑張って来なさい」 「よし！ 行っくぞおぉぉぉぉ！！」 ミリーはもう、玄関から飛び出しました。 「ブングー！ 飛行スタイルに変身よ！」 「よっしゃ、行くでぇっ！」 リトルドラゴンは翼を大きく広げ、いつもは太短い胴体も、細長く伸ばしました。 「ウィー・アー・ゴー！！」 丘の上からばたばたと滑走するブングーに、ミリーはひらりと飛び乗りました。 ひゅうぅぅぅ〜 風が耳元を駆け抜けて行きます。 「ミリー……、行っておいで。そして色んな人に出会って、色んなことを経験しなさい。パパは、いつもここから見ているからね……」 ミルトは、弱々しく飛んでいく娘の背中を、いつまでも見送っていました。 |
| ……そうして、島で暮らしたミリーは、色んな人に会い、色んなことがありました。 いつしか、季節は巡って行きました。修行も終わり近くになった頃、こんなことがありました。 |
| ピンポーン。「は〜い」 それは、うららかな春の日でした。屋根裏部屋で読書をしていたミリーの耳にも、洗濯物を干していたシャリテおばさんが、走って行って玄関に出る音が聞こえました。 |
| 「……『ジムステーショナリー』のジム・ゲイツさん？」 「はい」 男はにこにこした笑いを浮かべ、玄関口に立っていました。シャリテは男の差し出した名刺と、そのちんちくりんの男の姿をしげしげと見比べました。 「もともとはパソコンなどの事務器を取り扱っていましたので、そういう会社名なんです」 「うちは事務器っていっても、パパがワープロを年に一回、クリスマス前に使うくらいしか……」 「いえいえ、そうじゃありません」 ジムは、がさごそと自分のアタッシュケースを開け、中から何か取り出そうとしました。 そこへ、ミリーも興味津々の目を輝かせてやってきました。 「どしたの？」 ジムはミリーの姿を見て取ると、すかさずまた、にこにことした笑いを浮べました。 「お嬢さんですか？ いや、妹さん？」 「いいえ、魔法使いの修行のために居候しているミリーで〜す」 「こんにちは、ミリーさん」 「ええ、こんにちは」 男が意外と丁寧な挨拶をしたので、ミリーも思わずぺこりとお辞儀をしてしまいました。ジムはまだ何か手探りで取り出そうとしながらミリーに話しました。 「魔法ですか、それは大変ですね」 「ええ、まあ」 「ミリー、何か怪しい人よ。あんまり相手にしない方がいいんじゃない？」 シャリテはミリーにそっと耳打ちしました。 「これです！」 ジムは、ようやく鞄から小さな機械の箱を出しました。 「アミューズメント＆ネットワークコンピュータ、『アミコン』！！」 「『アミコン』？」 「……『アミコン』、それは現代の魔法の小箱……」 ジムは半ばうっとりとした表情で、歌うように続けました。 「パソコン、テレビ、ワープロ、テレビゲームマシン……今まで何と多くの機械が使われてきたのでしょう。似たような性能と使い方をする機械を、何種類も使ってきたのでしょう……」 「そういうと、みんな似てるわよねえ」 「そうなんです。それを一つにしたのが、この夢のボックス『アミコン』で〜す！」 「ふむふむ」 「この箱をテレビの前につなげます。そして、このアンテナを伸ばします」 「伸ばすと、どうなるの？」 「何でも出来ます」 「は？」 「ゲーム、勉強、お母さんの家事、お父さんの仕事、隣の家の人との会話、井戸端会議、ショッピング、映画、カラオケ、セキュリティ、百科辞典、電子本、テレビ電話、病院の遠隔診察、株の投資、銀行、ピザの宅配注文までＯＫ。もうみんな使っていますよ。これが……これが時代の最先端なので〜す」 「ええっ！？」 「衛星から配信される電波を、私の新事務所にあるパラボラで送受信し、そこから各家庭のこのボックスへと電波でつなげるのです」 「はあ？」 「最新ゲームはし放題、映画も見放題、ヒット曲のカラオケも歌い放題、テレビ電話も使えるので他の家庭ともお話できます。もちろん本体の性能は優秀で、人工学習知能付きですから、ワープロや家計簿の計算も一発ＯＫ！ぜ〜んぶ自動的にやってくれます」 「ひいい……」 「ほらほら、ちょっと身体の調子が悪いとき、これでお医者さんに診てもらうことも出来ますよ。大学病院の診察室にもこのボックスはつながっていますから、診察キットを身体につけるだけで、まるで診察室にいるように診察して貰えます」 「ふ〜ん」 「お買い物だって、この機械でできます。画面からメニューを選択するだけで、品物は宅配便で届けられます。お支払はカードでＯＫ！」 ジムは踊るような身のこなしで鞄からメガネのような機械と、手袋のような機械を取り出しました。 「このアイフォンとバーチャルグローブで、手にとるような感覚でショッピングできますよ。もう市場に行く必要がありません」 「へええ」 「でも、市場の人、困るんじゃない？」 感心しているシャリテの横から、ミリーが突っ込みました。 「市場でもこのボックスを使ってるから、一緒なの！ 向こうもお客さんで混雑することもなく、一度に大勢のお客さんに来てもらって買い物してもらえるから、このほうがずっといいの！ 解ったかね、ちっちゃな魔法使いさん」 「ほおお」 シャリテはもうただ感心してその小さな機械仕掛けの箱を眺めていました。 「これがたったの５万円」 「５万円！」 「でも、今はサービス期間中ですから、大まけにまけて、なんとたったの２万円！」 「２万円！！」 「もう一声！」 ミリーが調子に乗って叫ぶと、ジムはきりっと彼女を睨みましたが、さっとシャリテの方を向いて言いました。 「それじゃあ、１万９８００円。税込み」 「買った！」 シャリテは右手を上げて興奮していました。 「お買い上げありがとうございます！」 ジムは新しい『アミコン』の箱と取り扱い説明書を出してきました。 「詳しい使い方はこちらに。それと、ヘルプマニュアルがオンラインで配信されていますので、説明書の１ページ目に書いてあるＵＲＬまで」 「はい……」 「じゃあ、こちらにサインを」 |
| 契約書を交わした後、ジムはそそくさと帰って行きました。 「ねえねえ、おばさん、そんな買い物、おじさんが居ない間にしちゃっていいの？」 「うん、いいのよ。どうせ、パパのお小遣いから引けばいいのよ」 「げ」 『アミコン』の箱を持って小走りに居間に持って行ったシャリテの後ろ姿を見て、ミリーは呆気にとられました。 「主婦ってこわいなあ……」 |
| 「ただいま〜！ ねえねえ知ってるう？」 幼稚園に行っていたメジェルが玄関から入ってくるなり大声で叫びました。まあ、大声で叫ぶのはいつものことですけどね。 「レゾンヌんちも、イノトんちも『アミコン』使ってるって！ うちにはセールスマンの人は来たの？ ねえ、マ……あﾞあﾞあﾞ！！」 ミリーは声を聞いているだけで、メジェルが『アミコン』を見つけたことが判りました。 「やらせて！ やらせて！ やらせて！」 家中に響く声で、メジェルはせがんでいます。 ミリーも、読みかけの本をおいて屋根裏部屋から居間に下りて行きました。 「メジェもやる！ メジェもやるう〜！！」 「はいはいはい……」 ミリーが部屋に入ってきたときには、メジェルは既にテレビの画面を見つめ、真剣な表情で指にはめたプラスチックのリングを空中で動かしていました。その指輪が『コードレス３Ｄフィンガーマウス』というらしく、その動きに合わせて画面上の指先のポインタが動いていました。 「……そうそう、そういう風に自分の見たいメニューに合わせて、指を鳴らすのよ」 ぱちん。 画面はゲームの画面になりました。 もう、母娘二人はこの小箱に無中のようです。ミリーはなんだか、ふと嫌な気がしました。 「『アミコン』ねえ。……あ、おばさん、私ちょっと散歩に出てくるわ。もし何か魔法のお仕事の話があれば、聞いといて下さいね」 「ええ……そこよ、メジェ！」 「えい！」 画面で小さなキャラクターがトンボ返りを打ちました。 |
| 通りを歩いていて、ミリーは何かいつもと違うような気がしました。 お店が並んでいる大通りも人影はまばらです。通りかかるクルマの姿もありません。 石畳の道を抜けて、村の広場に来ました。 いつもは、広場に面した教会の石段に腰を降ろして日向ぼっこをしている老人たちも、井戸の周りでぺちゃくちゃ喋っている婦人たちも、今日は見あたりません。 「どしたのかな？」 「ミリー！」 ミリーのペット、ブングーが飛んできました。ミリーが左腕を出すと、そこに軽く止まり、そのままミリーの肩の上にちょこんと収まりました。 「ねえ、ブングー。みんなどうしたのかしら？ 」 「それがなあ、ミリー。みんな『アミコン』に夢中みたいなんや」 「『アミコン』に？」 「そや。どこの家にも『アミコン』があって、みんなそれで遊んでるねん」 「ふうん。『アミコン』ねえ〜」 |
| 二人は公園に来ました。 柔らかな春の日差しの下、大きな桜の樹と、ポプラの並木があります。でもいつものように、その大きな樹の周りではしゃいでいる子供たちの姿がありません。 「こんないいお天気なのに、公園で遊ばないなんて……なんで？」 そこへ、急ぎ足で駆けていく一人の少女がいました。背中に金属製のランドセル……いや、よく見ると何か機械のようです。それはマテーマのいつもの格好なのです。 「あ、マテーマ！」 ミリーが呼んでも、マテーマは足を止めません。 「どうしたの？そんなに急いで。……あのね、村の人達が皆何か変なのよ」 「邪魔しないで、ミリー！」 「どうしたのよ〜？」 ミリーも一緒に並んで走り出しました。ブングーはミリーの肩からふわりと飛んで、彼女たちを追いかけます。 「マテーマ！ 待て〜……なんちて」 がくっ。 ミリーのギャグに、思わずマテーマはつまづき、転んでしまいました。「出た、ミリーのしょ〜むないギャグ攻撃……」ブングーがつぶやきました。 ようやくミリーはマテーマに追い付くことが出来ました。 「つっかまえた！ マテーマ、どうしたの？」 「あいたた……もうミリーったら。今日はこれから天文宇宙局に行くのよ」 「てんもんうちゅうきょく？ って、オーキナ本島にあるんじゃないの？ このナンタラ島からだと、夕方の連絡船までには帰れないわよ」 ミリーはマテーマを抱き起こしながら、不審に思いました。 「そうじゃなくて、天文宇宙局の学会がオンラインであって、パパがそこで発表するの。『永久機関の宇宙科学的一考察』っていうのよ！ で、私も一緒に出席させて上げるって」 「そ、その『学会がオンラインである』ってどういうことなの？」 「うん、だから『アミコン』で天文宇宙局の人達と会議をするのよ」 「ってことは、それって、マテーマの家で、ってこと？」 「そうよ。便利よね〜。『アミコン』って。凄い発明だわ。美しきかな、科学文明！」 マテーマは、ぱあっっと両手を広げました。 「……え、え〜っと……」 「じゃあ、私急ぐから、またね！」 まだ頭の上に「？」がいっぱい付いているミリーを置いて、マテーマはくるりと家の方向に向き直りました。 「ダッシュファイアー！」 マテーマのランドセルから炎が吹き出し、彼女は砂煙を上げて轟然とダッシュして行きました。 「ううん、何だか、まだよくわかんない……。判る？ ブングー」 急に振られて、ブングーも困りました。 「さあ、判らへんなあ〜。要は、あの小箱のことやろ。あれで、なんか天文宇宙局の人達と話せるみたいやなあ」 「ふむ、ふむ」 「つまりは家におったままで、色んなことが出来る箱や、ちゅうことやな……」 「そうらしいわね」 ミリーは、ぽつぽつと歩き出しました。 「そっか、便利なんだ……」 |