-- 第４話
「危機一髪！ 恐怖の大火球」--

その１

作：福 博士

＜これまでのあらすじ＞

未来……といっても、ほんの少し未来、そう、輝かしい21世紀の、まだ始まったばかりのころ。
この地球のとある町に、ユミという12才の女の子が住んでいた。

彼女は、ごく当り前の夢見る12才の少女のようだったが、彼女は他人よりもちょっとよいハードウェアを持っており、ちょっとだけ他人を想う思いやりが強く、そして何より可能性を信じる娘であった。


宇宙ステーションから北京宙港に向かっていた中国民航スペースシャトルＣＡ２０３便は、軌道上で古いロケットの残骸に衝突し、遭難した。
各国のシャトルが救助に向かおうとしたが間に合わず、乗客乗員250人は絶体絶命のピンチとなった。

急を聞いたユミは、即座にキャリアスーツを装着し、ウィングローブ3号で宇宙空間へ急行した。

ユミの活躍により、乗客乗員は無事救助されたのだったが、ＣＡ２０３は……。


「そんなの、シンクリードの心配のしすぎだよ」
「う……ん。杞憂じゃといいんじゃが……」
しばらくの間、3匹と1人の少女は黙ったままだった。
ユミは、宙の一点をじっとみつめたまま、白いカップの紅茶を、思い出したようにふうふう冷ましながら、小指をちょっと立てて飲んでいた。

しかし、安らかな時間は余り長くは続かなかった。
ユミの左手首のインターフェイス・ブレスレットから微弱な電気が彼女の皮膚に流れたのだ。
「グローブスペットからの緊急信号だわ！」
一瞬の緊張が走り抜けた。

〈ＮＯＲＡＤ（ノラッド・北米防空指令部）より発表。遭難事故後、地球周回軌道上にあったＣＡ２０３は、約一時間半後に大気圏に突入。突入軌道計算の結果、機体は燃え尽きずに、中国南東部に墜落する可能性が大。ＮＯＲＡＤは、中国政府に対してこの地域住民に注意を要する旨を伝え、詳細を随時報告することを伝えた〉

ユミはとっさに立ち上がっていた。
「撃墜できないの？」
居間の扉を開けてフォッグが入ってきた。

「中国防空部の現在の技術では不可能だ。米ソ両国のレーザー衛星が、今試みているところだ」


米国家軍事指揮センターは、これまでにない空気に包まれていた。

各コンソールはインカムを付けた担当官が、あわただしく準備を整えていた。
1人の参謀がその軍人たちを見ながら指をぽきぽき鳴らして呟いた。

「まったく……このシステムが共産主義者どもの頭の上に落ちてくるものを撃つのに使われるとはな……」

正面の大型ディスプレイ上には、ワイヤーフレーム状の地球の姿があり、それがくるくると回転すると、中国大陸の地図が現れ、それが円弧状の水平線となった。
すると、いくつかの点がその上空に青く光りだした。

「28号、36号、152号準備完了」
「こちらＮＯＲＡＤ。ＣＡ２０３墜落まで、Ｔマイナス83分。最終軌道突入」
指令官の声が厳粛に響いた。

「28号衛星、発射！」

宇宙空間で小型の水爆が爆発した。
そのガンマ線を利用したＸ線レーザービームが、ウニのような衛星本体が破壊される直前に、まるで海に放たれた精液のように地球目指して発射された。

地上は一時的な電磁気障害が発生していた。
「だめです！ 失敗しましたっ！」

青い点の一つ消えたディスプレイには、なおも『ＣＡ２０３』と表示された点がじりじりと動いていた。
「36号、発射！」
だが、ディスプレイの一角に赤い文字が点滅した。

「36号、今の磁気障害を受け、作動しません」
「152号、発射！」
宇宙空間にまた一つ太陽が生まれ、一瞬にして消えた。

「Ｘ線レーザービーム、ＣＡ２０３に命中！」

だが、ディスプレイ上の輝点は健在である。
「なぜだ！」
「はっ、翼を破壊しただけで、本体はなおも突入軌道を飛行中」

……ばかやろうめ！ 何というシステムだ。
……指令官は唇をかみしめた。
これでは敵に無能さを見せつけたようなものではないか……


「あっ、グローブスペットから続報だわ」

ユミは軽く指を触れた。

〈アメリカ統合宇宙軍ではＣＡ２０３の撃墜に失敗した模様。ＣＡ２０３は翼に損傷を受けたが、依然として突入軌道を飛行中。こちらの計算では、Ｔマイナス80分。落下予想点は中国江蘇省付近〉

「ソ連のレーザー衛星はどうなったの？」

「おそらく……アメリカが失敗したのに恐れをなしたんだろう。どちらも役に立たないことを証明すると現在のスター・ウォーズ体制全体が崩れる。ソ連は手の内を明かしたくはないのだろう」
フォッグは静かに推理した。

「日本の自衛隊の能力でももはや不可能だ。そして大気中に入ったら、もう撃ち落とす術はない……救えるとすれば……」
彼はユミの眼を見おろし、その両肩に優しく手をおいた。
「ユミ、君だけだ」

ユミは口元を引き締めて答えた。
「はい、博士！」

ユミは左手の小指のメタリングの起動スイッチをひねり、その手を頭の上に差し上げた。

そして、インターフェイス・ブレスレットに組み込まれた音声入力装置に向かって叫んだ。
「エクスパ！」

居間の空気が震えた。
「1号！ パイロットのキャリアスーツよ！」

電撃が走り、12才のユミの身体が輝く白色光に包まれた。
爆発音とともに、そこに18才の美女が現れた。
瞬間的に膨張した室内の空気のため、閉め切っていたテラス側の窓ガラスが粉々に砕け、陽光を受けてキラキラと庭に飛び散った。

ユミは、ぺろっと舌を出した。
「いっけなーい、またお部屋閉め切ったままで装着しちゃった。博士、ごめんなさーい★」

フォッグは、さも困ったという表情でユミを見ていた。
「いいから、早く行きなさい」
「はぁーい！ ウフッ」

フォッグは何やらぶつぶつ言いながら研究室に消えた。

「1号、2号発進準備！」
飾り棚が移動して、1号搭乗通路が現れた。

「2号は任せたわよ★」
ユミはそういい残してその中に消えた。

「ほいじゃ、ぼちぼち行きますか……」

3匹は部屋の壁に懸かっている大きな鏡の前に行った。
シンクリードの毛が細かく震えると、そこから発信された信号に同調した鏡は、そのまま後ろに倒れ、磨き上げられた滑り台の通路の一部となった。
そこへ、3匹は次々と滑り降りていった。

ウイングローブ1号のコックピットに着いたユミはそのコンピュータに指令を与えた。
「1号、緊急発進！」
〈了解〉

1号を囲んでいた整備塔が後退し、シルバーグレーの尖塔を乗せたまま台車は横方向へと走りはじめた。

3匹の滑って行ったシューターは、その先端が伸び、格納庫内のウイングローブ2号のコックピットに直結した。
先に滑り降りてきたシンクリードは、尾をコックピットのコンソールと接続した。
格納庫内のターンテーブルが回転し、『Γ（ガンマ）』と描かれたコンテナの位置で止まると、ガイドアームが伸びてこのコンテナをウイングローブ2号のペイロードブロックの直下に移動させた。
今度はそのコンテナは垂直に移動し、ウイングローブ2号のペイロードブロックにがっちりと収まった。


大阪府高槻市郊外の通称どんぐり池……谷間の田へ水を引くための山合いの小さな池である。

昼でも薄暗いこの池の畔には、よほどのことがない限り人は近づかない。
この深緑色の池の水の表面にさざ波がたった。
何羽かの野鳥がこの震動に脅えて飛び立った。
すると、池の表面が動いた……いや、池全体が、横にスライドしているのだ。
池の下には巨大なロケットサイロが見えた。
ウイングローブ1号の台車は、この真下で停止し、固定された。

「ウイングローブ1号、発進！」

猛烈な白煙が上がり、ウイングローブ1号のメインブースターロケットは大音響を轟かせて真赤な火を噴いた。

サイロから飛び出したウイングローブ1号は、真っ直ぐに天空を目指してぐんぐん上昇してゆく。
固体・液体両用のエンジンは燃焼を続け成層圏に達するまで機体を押し上げてゆく。


高槻市成合の、旧採石場跡。
その昔、ここから切り出された多くの石が関西一円の建造物に使われていた。

1970年に大阪で開かれた日本万国博覧会の時も、そのパビリオンの多くがここの岩石を材料にしていたという。

もう今では使われなくなり、地元の人々からも忘れ去られた採石場跡。
その一部、谷に向かって切り立った岩石の壁が、低い地鳴りとともに割れていく。
その奥からは、金属の壁が現れたが、これもまた下に沈んでいった。

そこには広い格納庫があり、緑色に光るウイングローブ2号の姿があった。

谷間の岩が多く転がっている狭い平地が、神経衰弱のトランプカードのように裏返り、金属の短い滑走路のようになった。

ウイングローブ2号は、その緑色の鳥のような巨体をゆっくりとその上に移動させた。
すると滑走路は前方がせり上がり、急傾斜のついたカタパルトとなった。

「ウイングローブ2号、発進！」

カタパルト内で強い爆発が起こり、その力によってウイングローブ2号は吹っ飛ばされたように加速され、谷間から飛び出した。
次の瞬間機体両脇の2基のジェットブースターが点火され、2段式の加速を伴って空中へと踊り出していった。


一度成層圏まで上昇し、 そこから弾道曲線を描いて再び大空へと戻ったウイングローブ1号は、滑空体制に入るため、胴体から可変翼を出し大きく広げた。

〈グローブスペットより報告します。ＮＯＲＡＤおよびＣＹＴの共同発表あり。ＣＡ２０３は、中国江蘇省無錫（ウーシ）市を直撃の可能性が80パーセントより大。ＣＹＴはなおも遠隔で姿勢制御を行おうとしているが、ＣＡ２０３はコンピュータリンク破損のため効果はない模様。現在、中国共産党および人民解放軍によって市民の脱出計画が展開中〉

「どうやって助けたらいいの？」

グローブスペットの声は無機質に答えた。
〈１．ＣＡ２０３を爆破する。２．ＣＡ２０３の方向を変える〉
「判ったわ」

ウイングローブ1号はＣＡ２０３の突入経路に一致するように中国大陸の大空を飛行していった。

「ウイングローブ2号へ、こちらユミ。ＣＡ２０３の突入経路に2号を合わせて！」
「了解」
「がってんだーい！」

慎重なシンクリードと明るいモンの声が耳に飛び込んできて、ユミは思わず微笑んだ。
「がんばってね、私のお友達諸君★」
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